kouhika fem anthology logo kouhika fem anthology logo

SAMPLE


一年で一番大切な日に

 つかさ


 それは、突然のことだった。ミーン工芸館に納品し、テメノスルカリー牧場へアマロの様子を見に行ったあと、ライナに声を掛けられたのが始まりだ。

「闇の戦士様、少々よろしいですか?」

 彼女は申し訳なさそうにヒナナを見つめた。ただの冒険者と変わらない自分に対し、世界を救った英雄と敬い、目上の者に対する態度で接してくることにとんでもないと思いつつ、足を止める。

「はい。何か問題が……?」

 クリスタリウムを護る衛兵団の団長であるライナが呼び止めたということは、きっと警備に関して相談があるのだろうと予想した。世界に闇が戻ったとしても、まだ罪喰いは残っているし、魔物や盗賊といった脅威もある。町と町を行き来する商人の護衛か兵士の訓練か。恐らくどちらかをお願いされるのだろうと考えていると、ライナは周囲に人がいないことを確認し、内緒話をする声量で用件を話し始めた。

「実はもうすぐ、我々が勝手に決めた公の誕生日なのですが、今回は闇の戦士様にもご協力願いたいと考えておりまして……」
「勝手に決めた?」

 予想外の相談内容に加え、確認したいことも多く、ヒナナは困惑した。
 目にクエスチョンマークを浮かべる彼女を見て、ライナはハッとなり、急に言われたら困りますよね……と眉を下げた。

「いや、まあ、その、うん……」
「順を追って説明します。知っての通り、公は秘密主義ですし、つい最近まで他人と深く関わることを避けている様子でしたので、誰も誕生日を知らなかったのです。けれど、いつもお世話になっているあの方の生まれた日を祝わないのは申し訳ない、と我々は感じ、勝手に誕生日を決めて毎年祝っていました」

 なるほどそういうことか、とヒナナは腑に落ちる。世界を救い、自分はこの世界から消えようとしていたのだ。誕生日を安易に教えたり、そういう話は避けてきたんだろう。本当に真面目な人なんだから、と内心苦笑し、その誕生日がもうすぐなんですね?と尋ねた。

「はい。一週間後です。今年は、我々クリスタリウムの住民一同が選んだ物に加え、闇の戦士様が選んだプレゼントを贈りたくて」

 お忙しい中恐縮ですが、お力を貸して頂けませんか? ライナはヒナナの瞳を真っ直ぐに見つめて依頼する。
 クリスタルタワーの調査をしていた時、彼の誕生日を知ることはなかった。第一世界に平和を取り戻し、恋人になってからもそういったことを話す機会は意外となかった。だから、ヒナナ自身も彼の本当の『生まれた日』を知らない。しかし、愛する大切な人の特別な日を祝いたい、感謝を伝えたいという気持ちは同じだった。ヒナナはライナの両手を握り、満面の笑みで見つめ返した。

「是非、協力させてください。素敵な誕生日にしましょう」 「ありがとうございます」

 彼女の言葉に、ライナは表情を明るくする。こうして、内緒の計画が始まった。


 ペンダント居住館にある、水晶公―――グ・ラハが彼女の為に用意した部屋に戻り、何を贈るか考える。時間はこちらの時間で一週間。ヒナナ自身が原初世界に赴き、プレゼントに最適なものを探していたら一週間以上時間が過ぎてしまう可能性がある。それは避けなければならない。
 椅子に腰掛け、んー、と声を出しながら悩んでいると、きらきらした音が聞こえ、『美しい枝』が現れた。

「悩み事? 難しい顔は似合わないのだわ」
「あ、フェオちゃん」

 ヒナナの前に姿を見せたのは、ピクシー族の女王であるフェオ=ウルだった。女王となってからも度々力を貸してくれる、良き友人だ。
 星のように輝く羽を羽ばたかせ、フェオはヒナナの周りを舞う。ヒナナは指に彼女を止めて、水晶公の誕生日について話した。

「それは素敵な催しね! 水晶の友も喜ぶわ」
「でも、今から準備してってなると、何を贈れば良いか分からなくて……」

 ヒナナはしゅん、と耳や尻尾を萎えさせる。折角の恋人の誕生日(仮)なのに、みんなからも期待されているのに、きちんと応えられないかもしれない。期待という他者に対する希望は、彼女にとって小さな重積となりつつあった。


サンプル一覧に戻る