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SAMPLE


唇を彩るのは

 高坂 幸


 賑わうムジカ・ユニバーサリスを歩いていると見知った後ろ姿が二つ。相反する色を纏った二人は色とは反対に仲良く店を物色していた。

「リーン、ガイア。こんにちは」
「あ、ユエルさん、こんにちは」
「戻ってたのね」
「さっきね」

 原初世界の様子を見てくると言ってから一週間ほど。今は大した時間の差もないようで、こちらでも同じだけの時間が流れていたようだ。深淵の間からちらりと顔を出した水晶公からも特段何も言われていないので、エリディブスの動きも目立った変化はないのだろう。

「二人とも何見てたの?」
「口紅よ。リーンが興味を持ったの」
「ガイアと同じものを付けてみようかと思ったんですが、ガイアにこっちの色の方がいいって言われて」

 リーンが手にしたものは少し濃いめのピンクの口紅だ。リーンには少し大人っぽいかもしれないが、よくなじむのではとそう思えた。何より一緒にいるガイアが選んだのだ、きっと彼女に似合うことだろう。

「ふふ、素敵な色だね。口紅かぁ、塗ったことないなぁ」
「あなた、化粧すらまともにしてないでしょ」
「どうせ戦闘で汚れたりするし、私が付けてもしょうがないかなぁなんて」

 冒険者の中には化粧もばっちり、ミラプリを使って服装にも気を遣い、身だしなみを整える子達もいる。だけど私はそういうことをする気にならなかった。可愛いものは可愛いと思うが、正直自分に似合うとも思えず、まして化粧なんかしてる暇があったら依頼の一つでも二つでもこなしたいと思うのが彼女だった。

「あ、いいこと思いついた!」

 勢いよく両手をぱちんと合わせるとリーンは何やらガイアに耳打ちした。最初は面倒そうな顔をしていたガイアだったが、リーンの言葉に口角を上げてこちらを見て目を細めた。

「いいじゃない。私達で英雄様を綺麗にしてあげましょう」
「ふふ、乗り気だねガイア」
「えーっと……私はこの辺で……」

 がしっと捕まれる腕。とてもフォークより重いものなんて持ったことないと言った少女の力ではなかった。振りほどくわけにもいかず、両手を上げて降参の意を示すと二人はにっこりと微笑んだ。
 それからは二人にされるがままだった。三人の会話を聞いていた店の店主が「闇の戦士様にうちの商品を使ってもらえるなら」と店に置いてある全色の口紅をくれたのだ。流石にお金を払うと言ったのだが、闇の戦士である私が使うことにより店の宣伝になるからと、頑なに受け取ってもらえなかった。リーンとガイアであれでもない、これでもないと色んな色を試しては拭ってを繰り返していた。拭き過ぎて唇が荒れるのではとも思うが、そこはガイアがしっかり保湿もしてくれた。断ることも出来たが、同じ年頃の二人で仲睦まじい姿を見せられたら断る気も霧散していった。暫く二人の好きにさせよう。そう決めた私は二人が話し合ってる間に目の合ったグリナードに三人分のお菓子と飲み物を注文してふぅっと息を吐いたのだった。


「おや、珍しい組み合わせだな」
「水晶公!」

 後ろから落ちてきた声と、リーンの言葉にびくりと耳を震わせる。見られて別段困るわけではないが、よりによってなぜこのタイミングと思ってしまうのは致し方ないだろう。

「こんにちは……」

 ぎぎぎと油の切れた機械のような音を立てながら後ろを振り返ると、クリスタリウムの長であり恋人でもある水晶公が耳を微かに揺らしながらこちらを見ていた。

「ふふ、珍しいな」

 そう笑みを浮かべて近づいてきた水晶公。彼の視線は唇に向いてる……気がする。気付いてくれたという喜びと何といわれるだろうかという不安が胸の内をぐるぐると駆け回る。

「余程夢中になっていたのだろう。ここに」
「え」

 彼は袖の下からハンカチを出すと、そのまま私の方へと向かわせる。これは……。


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