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SAMPLE


その手に導かれて

 せつな


 騒めきと、静止の声が少し離れた場所から響いた。
 一人分の足音が徐々に大きくなると、仕切りのカーテンが勢いよく耳元を掠めて流れていく。それと同時に、荒い息と弱々しい熱がすぐ傍までやってきた。
 足音の主へ顔を向ける。その人物は言葉を紡ごうと息を吸っては、ただ吐き出すだけを繰り返していた。しばらくそうして言葉を待っていると、ベッドが軋む音と共に頬にそっと指が触れた。割れ物を扱うように頬を撫でたその指は、わずかに震えて汗ばみ、いつもの彼とは違ってすっかり冷えてしまっていた。

「目が、見えないとは、本当か?」

 水晶公は確かめるように、一音ずつゆっくりと言葉を吐き出した。声のした方へ、少しだけ顔を上げる。表情はもちろん伺い知れないが、さぞ不安の色を滲ませていることだろう。もしかしたら耳も力なく項垂れているかもしれない。それが見られないのが、少し残念でもある。

「うん、見えてない」
「………………」

 深いため息と共に、指先が力なく滑り落ちていく。

「話、どこまで聞いた?」
「怪我を負った貴女が医療館に運び込まれたと……しかも目が……」

 やはり、予想通りの展開だ。私が運び込まれたとなれば、すぐさま水晶公の元へ報告が飛ぶ。だからこそ、誤解を生まぬようにきちんと説明を、と医療館の職員にお願いしたのだが、この様子ではきっと序盤の説明だけで飛び出してきたのだろう。ため息をつきたいのはこちらのほうだ。

「護衛任務の途中で魔物から毒を受けたけれど、もう治療は済んで解毒はされている。ただ、毒の影響で一時的に視覚障害が起きて、著しく視力が落ちているのと、太陽光なんかの刺激を受けると痛みが生じてしまう。せいぜい二、三日もすれば元に戻るから心配しないで、という伝言をお願いしたの」

 怒っているという訳でもないが、灸を据えるようにいささか強めの口調でまくしたてると、小さな呻き声と共に「すまない」と、か細い謝罪が零れ落ちてきた。
 本当ならデコピンの一つでもお見舞いしたいところだが、こうも視界が奪われた状態ではそれも叶わない。さぞ小さくなっているであろう、この街の管理者の姿を想像すると、思わず口元がゆるんでしまう。

「ともかく!目以外は至って元気だから」
「しかし、その状態では普段の生活もままならないだろう」
「まあ、治るまでここに入院ってことにはなるかな」
「それはよかった。貴女のことだから何とかなるとか言って、自室に戻ったりしないだろうかと心配したが、ここにいるのであれば安心だ」

 ちょっとばかり余計な一言、二言が多い気もするが、ここは聞かなかったことにしておこう。

「あらぁ、だったらお部屋に戻って水晶公がお世話すればいいんじゃない?」

 シェッサミールの言葉が遮る。彼女の顔は見えないのだが、とっても素敵な笑顔でにこにこしている気がする。

「い、いや、何を」

 対して水晶公は顔を赤くしているか、青くしているかのどちらかだろう。

「だって、視力以外は問題ないのだからここで出来る治療はほとんどないし、なんだったら過ごしやすい自分のお部屋でゆっくり休んだ方が回復も早いわ」
「一理ある……一理あるが、しかし彼女は女性だ!ほら、着替えとか、そういった問題があるだろう」
「別に水晶公になら見られても気にしないよ」
「だとしてもダメだ!いや、ちょっと嬉しいが……やはりダメだ‼というか、貴女はもう少し恥じらいを持ってくれ!」
「でも、水晶公も彼女の容態が気になるのでしょ?あんなこの世の終わりみたいな顔をして、走って来るくらいですもの」

 そうして、うきうきと弾む声と、くぐもった低い声による押し問答がしばらく続いたが、どうやらシェッサミールに軍配は上がったらしい。
 着替えの交換は医療館の職員に。就寝時以外の時間のみ。ベッド脇に腰かけた水晶公がやつれた声でそう条件を説明すると、また明日の朝に迎えに来ると疲れ切った音を残して星見の間へと戻っていった。


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