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コーヒークッキーと甘いウワサ
望月雪乃
今日もクリスタリウムの町並みは活気に満ちている。
のんびりとここの住人達の暮らしぶりを眺めながら散歩をする、それが私のここ最近の日課だ。
自分自身としてはまだまだ元気だと思っているが、元々引きこもりがちだった私をライナが見兼ねて「星見の間から少しの時間でもいいので外に出てください」と言われてしまったからだ。
(──今日も本当にいい一日だな)
第一世界に本当の空が帰ってきてから、クリスタリウムに住む人々はとても楽しそうにしている。
街をぐるっと一周し、老体の身体に心地よい疲労を感じてきたのでそろそろ星見の間に戻ろうとした時だった。
「あ、水晶公。こんにちは!」
「ああ、こんにちは」
三人の子供たちが元気に私の名を呼びながら駆け寄ってくると元気よく挨拶をしてくれた。
そんな彼らの手にはそれぞれ白い紙袋がある。
「おや、みんな同じ紙袋を持っているな。お揃いかい?」
「そうなの! えっと……はい、水晶公もどーぞ!」
「あ、ずるいぞ! 俺も、はい!」
「ぼくも! ぼくもあげるの!」
一人の少女が袋の中から何かを出すと、それを見た二人も同じように取り出した。
「……これは、クッキーかな?」
「そうだよ! オカワリ亭のコーヒークッキー。いますっごく人気のお菓子なんだよ!」
今このクリスタリウムで流行していると噂されているお菓子、それがこのコーヒークッキーだ。
私自身もライナや暁の面々から話を聞いていた。しかし実際に現物を目にしたのはこれが初めてだったりする。
何でも人気すぎて製造がおいついていないらしく品切れが続いてるそうだ。そんな貴重な菓子を彼らは私にくれるという。
「とても買うのが難しいと聞いたが、私がもらってもいいのかい?」
「うん!」
「俺たち水晶公ともっと仲良くなりたいもん」
「ねー!」
「お菓子をもらわなくても私は君たちとはたくさん親しくなりたいと思ってるさ。君達のその気持ちだけで十分だよ」
たしかこのクッキーは値段もそこそこするはずだ。そんな高価なものを分けてくれる子供達の優しさだけで充分嬉しいと感じる。
しかし、何故か彼らはあまりいい顔をしてない。頬を膨らませたり、口を尖らせたりとまるで私の返した反応に対していじけているようだった。
そんな彼らの様子を見てどうしようかと困惑していると、ふと一人の少年が恐る恐る私に問いかけてきた。
「……もしかして、水晶公はあのうわさ知らない?」
「噂?」
「あのね、コーヒークッキーを大好きな人と食べるとずーっと幸せが続くんだって!」
「えっ、俺はコーヒークッキーを一緒に食べた人たちは結ばれるって聞いたよ」
「僕は一緒に食べるとずっと仲良くなれるってきいたなぁ」
(なるほど、彼らが私とコーヒークッキーを食べたがっていたのはその噂があったからなのか)
小さな子供たちはその噂を信じて私と仲良くなりたいと大事そうに持っているクッキーを分け与えてくれる。その気持ちを私が踏みにじってはいけない。
私は彼らの手にしたクッキーを一口分ずつ割ってつまむと笑顔で答えた。
「私はこれでもいい年でね、三枚も食べきれるかわからないから一口ずついただくことにするよ。本当にありがとう」
私が受け取ってくれたことが嬉しかったのか、彼らは満面の笑顔を見せて元気に走り去っていった。