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SAMPLE


夢見る頃を過ぎても

 ミカナギ


 尋ねたことに、他意はなかった。

「あんた、髪伸ばしたりとかはしねーの?」

 レヴナンツトールに新たに拠点を構えた商会が、会館建立を記念して取引先の商人たちに声をかけ、大きな市を立てた日のことだ。
 色々と安売りされているようだから、買い出しに行こうと誘われて荷物持ち代わりについて行った。立ち並ぶ露店をひやかして歩きつつ、彼女が冒険に必要な細々としたものを買いそろえるのを横目に見ながら荷物持ちに徹していると、彼女がとある露店の店先でふと立ち止まったので自分も足を止めた。背後に立って覗き込めば、軒先に置かれていたのは広げるとそのまま陳列棚になる細工を施された鞄で、そこに入っていたのは日の光を浴びて燦々と煌く、指輪や首飾りなどの美しい装身具である。
 普段こういったものにまったく興味を示さない彼女が、珍しく何に魅入られているのかと見下ろす目の前で彼女がおずおずと手に取ろうとしたのは、全面に細かな透かし彫りの施された銀細工の櫛だった。普段あまり見たことのない彼女の様子が妙に稚く見えて、思わず買ってやろうか、と声をかけそうになったのだが、それよりも露店の店主から彼女をならず者の泥棒扱いする暴言が吐かれたのが先だった。
 冒険者を生業にしている彼女は、その時も確かに旅人らしく埃っぽい装いをしていたが、ならず者と間違われるほどではない。ただ、当時の彼女は英雄と称される割に名前ばかりが独り歩きしている感が否めず、彼女の姿を一目見ただけでそうと分かる人間があまりいなかったのも事実で、彼女の見た目が痩せぎすな子供のようにしか見えないのを良いことに侮る輩も多かったのだ。
 その時も随分と酷い言われ方をされて、流石に頭にきて咄嗟に言い返そうとした自分を、彼女は止めた。別に誰に何を言われようが気にしないし構わないし、そもそも不審者に間違われるような身なりをしていた自分が悪いのだからと、そんなことを言って。
 外見に重きを置かないのは彼女の美徳だったが、それでもやはり容姿を貶されたのは嫌な気分だったのか、彼女が少しばかり落ち込んだ様子だったから、だからそんなことも言えたのだと思う。
 たぶん、単純に慰めたかっただけだった。仏頂面で見下ろした自分を、彼女はきょとんとした顔で見上げていた。


 ***


「じゃあ始めるが……その、済まないが少し顔を上げてくれるか」

 ミーン工芸館前の広場の片隅。緊張した声でそう告げた水晶公の前に置かれているのは、一脚の壊れかけた椅子だった。
 足が一本ぐらぐらしているが、座るのに支障はないそれに腰かけているのは、このクリスタリウムにおいて英雄と称される冒険者である。元はテーブルクロスだったらしい、煤で汚れたぼろ布を首の周りから体を覆うようにかけられた少女はその両手にしっかりと丸い手鏡を握っており、自身の褪せた麦藁色の髪と鏡越しに水晶公と視線を交わらせると、鮮やかな緑色の眼差しを真剣にして何故か決死の表情でこっくりと頷いた。

「うん。いいよ……ちょっと怖いけど」
「大丈夫だ、私は確かに素人だが、ライナが幼かった頃はよく散髪もしたし、そこそこの経験はあるつもりだよ」

 せめて安心させようと明るい声を上げた水晶公の手に握られているのは、一本のハサミである。散髪、と口にしたものの、ただの工具か良くて料理用、と言った風情の無骨なハサミはどうみても散髪の為の繊細な動作が期待できるものではなく、それも座っている英雄の不安を煽る一因のようだった。

「公……英雄殿はその、女性でいらっしゃいますから、ええと」
「そう言えば公、私たちが子供の時にライナの髪を思いきり目の上パッツンな虎刈りにして、泣かしたことがあったよねぇ」
「調達科長、今それを言う必要がありますか!」

 周りで不安そうな表情を隠しもせず、祈るように胸元で手を揉み合わせていたライナが言うのにあっけらかんと返したのはミーン工芸館調達科の長であるケシ・レイで、あまりに配慮のない調達科長の台詞にライナが憤慨すると、真剣に鏡の中の自分と向き合っていた英雄はさっと顔色を青ざめさせて肩越しに背後に立つ水晶公を振り返った。

「わ、わたしやっぱり丸刈りにされちゃう……?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だ! それは昔の話だから! 今はもっとうまく切れるさ!」

 不安げに尋ねる英雄に、任せてくれ、と胸を叩いたものの、正直うまく切れる自信などない。
 というか、そもそもどうしてこうなったのだろう。おずおずと再び鏡に向き直った英雄にぎこちなく笑いかけた水晶公は、ハサミの刃を一度シャキリと合わせてから、こっそりと胸の中だけでため息をついた。


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