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SAMPLE


「マイルフラワー」の待ちびと

 花蓮


 クリスタルタワー内部は、既知よりも未知の領域が遥かに多い。幾度となく辿ったはずの道に、見知らぬ機構や扉が突如現れたことも、一度や二度ではなかった。塔の一部になっても理解しきれない深遠なる仕組みに、今でも時折眩暈を覚える。
 だから今朝、懐がふと重くなったときも「またか」と思うに留まった。あさって取り出すと、くすんだ灰色の方石が手のひらに躍り出て。塔が私に意思をもって寄越したか、それとも単なる気まぐれか。
 考えれど答えは出ず、力を失っていることだけ確認して懐に戻した。
 あのひとがアシエン・エメトセルクを討ち、第一世界に平穏がもたらされて一ヶ月が過ぎた。私がフードを外し、素顔をさらすようになって一ヶ月、とも言う。
 やること成すこと中途半端で、英雄や暁の面々、そしてクリスタリウムの民にも顔向けできないと思っていたのに、私は再び〈水晶公〉として生きることを赦され、この街に立ち続けている。
 それゆえ我が身に課された宿題は多い。街と民のために働き、暁たちを原初世界に帰す手立てを見つけねばならないのだ。勝手に潜り込んでいた、謎の方石の解析に費やす時間は、目下ない。

「ここにいらっしゃいましたか、公」

 ライナの声が肩を叩いてくる。博物陳列館の一角にて蔵書を棚に納める私の元へ、孫娘が足早にやってきた。「闇の戦士様がお戻りです」と、吉報を携えて。
 私が塔を出たのは、ほんの数分前。その間に渡ってきたのか、出迎えたかったのに。
 彼女は以前にも増して、二つの世界を頻繁に行き来している。あちらですべきことが多くあるのに、暇があれば、帰ってくるようにしてくれているようだ。
 喜ばしくないはずがない、でも。少し罪悪感が滲む。ある義務感から、そうさせてはいないかと。

「会いに行かないのですか?」

 ライナが心底、意外そうに首を傾げる。慌てて最後の一冊を棚に戻し、外へ転がり出た。
 しまった、行き先を知らない――と思ったのも束の間、出会した子どもたちに「闇の戦士さま、おうちに帰ってきたよ!」と口々に教えられる。
 ペンダント居住館に向かって駆け出した後で、頬が火照った。そんなにわかりやすいか、今の私は。
 苦笑と共にペンダント居住館を訪れると、受付に立つ管理人が「ああ!」と額を押さえた。

「闇の戦士様、公に会いに今しがた出て行きました」

 また入れ違い。それでも胸に立ち上る感動と来たら! 彼女も会おうと懸命になってくれているのだ。
 「入れ違いになったら、部屋で待っていてほしい」。彼女に託されたという言伝をありがたく受け取り、走り出す寸前の早足で廊下を行く。
 部屋を訪ねるたび、それだけで「贅沢な真似だ」とつくづく思う。花の世話をするという大義名分のもと、毎朝入らせてもらっているのに、ずっと慣れない。
 私たちは、恋人なんて特別な間柄ではないけれど、私にとってあのひとは、紛れもなく特別だから。
 逸る胸を押さえ、扉をノックしようとして留まる。主は不在なのだった。普段通り魔術で解錠する。開いた扉の隙間から、すかさず漂ってくる彼女の残香。
 冒険の、かおり。
 今朝よりも彼女の存在を明確に感じながら入室すると、テーブル上に置かれている、見慣れないプレゼントボックスにまず目が留まる。
 長方形で、背が高いそれ。付属のメッセージカードには「ミーン工芸館」の文字があった――職人たちに製作依頼していた品が仕上がったのだろう。完成したら直接、彼女の部屋に届けるよう言っておいたが、今朝は見かけなかった。正真正銘、出来たてか。
 所在なさに、窓辺のチェストで日を浴びる硝子の花瓶へ歩み寄る。三日前にホルトリウム園芸館で摘ませてもらった花たち。花弁の艶が薄れ、多くが俯き加減になってしまっている。
 彼女にじっくりと見てもらったら、新しいものに取り替えよう。でないとまた、悲しい顔をさせる。

『面白いモノを隠し持っているようね、私の友』

 気付けば、小さな妖精王が肩口で憩っていた。いつの間にいたのか。

『懐で息を潜めている、フシギな気配は何かしら?』

 思い当たるものと言えば、謎の方石くらい。手のひらに乗せて見せてやる。
 クリスタルタワー管理者の身で恥ずかしながら、用途が全くわからない。妖精王の目には明らかなのか。

『ふうん。私も詳しくは知らないけれど、これが力を失っているのはわかる……魔力で満たしてあげれば、きっと愉しい何かが起こるということもね!』

 「愉しいこと」とやらに一抹の不安を感じた瞬間、『それっ』と鈴のような声が鳴った。止める間もなく、彼女が方石に指を振りかざしたのだ。


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