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SAMPLE


ラブ・ユー・テンダー

 アスカ


 現在の時刻は、草木も眠る深夜二時。
 約束していた時間までもうすぐだ。尻尾はちゃんとローブの下に収まっているだろうか。数分置きに確認するくらいに冷静さを失ってしまっている。出来れば本を読んで落ち着きを取り戻したかったが、残念ながら一文字も頭に入ってこなかった。
 何も手につかないまま、ただ時が過ぎるのを待つ。我慢ならなくなって、ついに駆け出してしまいそうになった頃──ようやく扉が開いた。

「あぁ、やっと来た! 今日はお誘いありがとう。ずっと楽しみで仕方なかったんだ。それで、今回はどこへ向かっ……、……?」

 空回りする舌がある程度回りきったところで、ようやく冒険者の視線が私の顔でなく、もっと下の方、膝のあたりに向いていることに気づいた。
 そして、彼女の瞳の振り子時計じみた動きで悟る。しっかり隠せてたはずの尻尾が、元気に揺れていた。
 慌てて尻尾を押さえた私を見て、冒険者がころころと笑う。

「もー、ラハったら。そんなに楽しみだったの?」
「す、すまない……こっそり外出する機会に恵まれたと思うと……しかも、こんな時間に」

 頬が熱い。水晶の右手で顔を覆った。静かに深呼吸をして、動揺を押さえつける。

「じゃ、行こっか」

 背伸びをした冒険者が小さな手を差し出した。それを左手で優しく包めば、内側から中指を握り返される。これが、私達にとっての恋人繋ぎのようなものだ。

「エスコートに期待しても?」
「まっかせて。なんたって、英雄ですので」

 自由な方の手を腰に当て、えっへん、と胸を張る姿はとても可愛らしい。
 視線を交わし、一度だけうなずく。そうして、私達は一歩目を踏み出した。

 ──さぁ、小さな冒険の始まりだ。

 螺旋階段を二人でひっそりと降りる。
 塔の中には私たちしかいないと分かっていても、抜き足差し足、物音が立たないように意識してしまう。
 私の足音が普段より小さいことに気づいたのか、冒険者がこちらを見上げて意地悪く笑った。

「なんだか、悪いことしてるみたいだね」
「悪いことだと思うような遊びに、この水晶公を誘うのか。なんて悪い子だ」

 二人で笑い合う。こんなに冗談めかした口調で会話をするのは、ライナがもっと小さかった頃以来かもしれない。
 真夜中に、人目を忍んでこっそりお出かけ。幼子が夢見るような、ささやかな冒険だ。それでも、確かに冒険であることには間違いない。それに、なによりお供は──正確に言うなら、私の方がお供かもしれないが──憧れの存在かつ愛しい恋人でもある彼女だ。ならばこそ、気分はより上を向く。
 しかし、機嫌が良くなりすぎるのも困り者だ。うっかり足音を立ててしまった。
 途端、静寂の中にふたつの音が響き渡る。はっとしたように歩を止めれば、冒険者も立ち止まった。やや気まずそうな顔をして。
 もしかすると、彼女も同じ気持ちでいてくれたのだろうか。くすくすと笑ってから、そうして、再び階段を降り始めた。

 ドッサル大門の扉を開けば、守衛を務める衛兵団二名が訳知り顔といった表情で振り向いた。
 この外出はライナとこの時間を担当する守衛にしか知らされてないのだと、事前に冒険者から聞いていた。
 孫娘から「楽しんできてくださいね」と微笑ましいものを見る目で言われて、頬をかいたのは昨日のことだったか。

「いってらっしゃいませ、公」
「あぁ、行ってくる」

 あの時のライナと同じような表情を浮かべる守衛たちに見送られ、冒険の出立地へ向かう。


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