SAMPLE
青い恋を砕け
あひる
星見の間に備わる魔鏡へ意識を向ければ、そこはゆるりと揺れて彼女の姿が浮かび映る。鏡に映った──つい先日恋人と呼べる間柄になった──彼女は、マーケットボードの前で難しい顔をしていた。まあそれはいつものことなのだが、そこから何かを購入したようでいそいそと鞄に詰め込んでペンダント居住区へ向かっていくのを眺め、魔鏡から彼女の姿を消した。
──別に、覗きを趣味としている訳では無い。ただ、少し。少し、彼女がどうしているのかが、気になってしまう。当たり前だが原初世界へ飛んでいる時間を彼女と共には出来ず、私自身が向こうの世界へ行ける訳ではないのだから仕方が無いし、それを選んだのも勿論自分自身である。だから、すこしだけ。此方にいる時間を少しでも重ねたいと想う自分はどうしてこうも滑稽なのか。
暗闇の鏡を眺めて、溜め息をひとつ。彼女と恋仲になってからどうも自分らしくない。一度書物でも目に通そうと鏡に背を向けると、咥内に異物感がひとつ。
「……?」
ころりと舌に転がった異物は固いようだ。掌に吐き出してみると、それは青い石だった。自分の体に宿したクリスタルのようにも見えるけれど、全く違うものにも見える。何だろうか。もう百年もこの体でいるのに初めての事態だ。体調を崩したのか、それともどこか一体化出来ていないのか? 様々な憶測を立てながら、吐き出した石を咥内に戻し飲み込んだ。
◆
原初世界より彼女が鏡を通り戻ってくる。テレポという便利な物があるにも関わらず、わざわざこちらを通って帰って来ることをふと問うてみたら、「だって一番初めにラハを見られるからね」と笑ったことを鮮明に思い出しつつ出迎えると、慌てた様子で扉を開けた。
「ごめんラハ! 後でね!」
そう言って星見の間を飛び出していく彼女の後ろ姿は、短めのスカートがひらりと靡いて、胸がざわついた。その刹那、咥内にころりとした違和感。
「……石、か」
なんでまた、こんな時に。オレの体は、彼女と再会出来た喜びより先に何を思うのだろう。掌に載せてみれば、やはり石は青い。クリスタルタワーとは違う青さにどこか気持ち悪さを感じながら、もしかしたら体の一部が這い上がっているのかもしれないしと、またその石を飲み込んだ。
◆
「え、なんかヘンってなに?」
遠くで聞こえた彼女の声。それは星見の間と街を遮る大きな扉の向こうからのような気がする。なんだ? とつい耳を傾けた。先程オレに構いもせず大急ぎで此処を走り去って行った癖に、もう帰ってきたのか。そんな皮肉を内心思っているとまた咥内にコロリとした感触が落ちる。今度は二、三個あるように思うが、それを確認するより前に飲み込んで音を立てぬように忍び足で扉へ向かう。
「それはちゃあんと確認してみるといいのだわ! 若木はきっと、嬉しくなるのだわ!」
「なにそれ! よくわかんないよ」
「ふふ。それは、お楽しみなのだわ! また遊びにくるのだわ、若木」
「もー、フェオちゃんったら……」
妖精王と光の戦士の会話は、所謂女子会をのぞき見してしまった様な気分になる、可愛らしい会話だった。だがその会話が途切れると、ギィ、と音を立てるから慌てて後ろに飛んだ。その為になんとか扉との距離が出来た為、開いたそこから顔を覗く彼女には盗み聞きしていたことは分からないだろう。――たぶん。自信は無い、が。
「公? いる? 入るよ」
顔をそっと覗かせてくるくせに、返事を待たずに彼女はひょいっと入室する。オレの返事は不要だったのでは? と思うけれど、近づいてくる彼女の表情が少し暗いような気がして其れ処ではない。
「どうしたのだ」
「うーん」
彼女はオレの頭の上から足の先まで、舐めるように視線を這わせて唸る。何をしたいのか分からないオレは首を傾げるしかないが、この二人きりの状態でそんなに見つめられるというのはあまりよろしくない。この人は本当にオレを男だと──いや、恋人だと、分かっているのだろうか。